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スケートに行ってきた

今日は、家族5人で都内のスケートリンクに遊びに行った。
僕も妻も、スケートは十数年ぶり。
子供3人に至っては、今回生まれて初めてのスケート。

朝早く車で家を出て、高速道路に乗り、1時間ちょっとで到着。
開場まで1時間近く時間があったので、近所をちょっと散歩して、あとは車に戻っておやつタイム。
開場後、靴を借り、子供用ヘルメットをかぶせ、リンクに入場。

ああ、懐かしい。
はやる気持ちを抑え、子供に靴を履かせて、ひょこひょこと歩きながらリンクに入った。
小学生の長男次男には、「壁につかまって歩いておけ。そのうち滑れるようになる」と突っ放し、3歳の三男は妻に任せ、僕は「じゃあ、お先に」とばかり、すいすいとすべってかっこいいところを見せる予定であった。

リンクに一歩、足を踏み入れた。
うわっ。
……あれ、あれ?
前に進めない。片足で立てない。
やばい。父親の威厳喪失の危機。

壁に必死になって掴まっている長男次男のところに行き、僕も壁に掴まる。
そして、掴まりながら、歩き方を教える。
「後ろに蹴るな。蹴ると転ぶぞ」
「あわてるな。あわてると転ぶぞ」
「その場で足踏みの練習をしてみろ」
子供に言いながら、自分にも言い聞かせる。

そのまま、リンクを壁伝いに2、3周。
全員、足首やら足の裏が痛くなり、さっそく休憩。

妻にそっと耳打ち。「やばい、うまく滑れない」
妻も、三男の手を持って歩くのが精いっぱいで、滑れるかどうかまだ確認できていないらしい。
「とうさん、はやくいこうよお」
回復力の早い子供にせかされ、再びリンクに向かう。
手を握り、汗を拭き、しりもちをつきながら、5人はリンクの上を、必死になって歩いた。


2時間後。

長男次男は、1分に1回は転ぶものの、それでもリンクのまんなかまでやってきて、ぱたぱたと滑れるようになっていた。
驚くべきは三男。妻の手を離れ、壁際ではあるが、きゃっきゃっ奇声を挙げながら、転ばずに前進しているではないか。
恐るべし、子供の能力。

妻と僕はと言えば、全盛期の実力を思い出すこともなく、とりあえずようやく転ばずに前に進むことが出来るようになりました、というレベルで停止。


ファミレスで昼食をいただきながら、子供たちは口々に今日の感想を述べる。
「たのしかった」
「またいこうよ」

仕方がない。もう暫くは、親が付き合ってやるか。
さっさと、子供たちだけで行けるようになってほしいものである。

帰りの車の運転、足首の痛いこと痛いこと。
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テーマ : 今日の出来事。
ジャンル : 日記

命の重さ

光母子殺害事件、元少年の死刑確定へ…上告棄却
(2012年2月20日15時05分 読売新聞)
 山口県光市で1999年に母子2人が殺害された事件で、殺人や強姦致死などの罪に問われ、差し戻し後の控訴審で死刑となった元会社員大月孝行被告(30)(犯行時18歳1か月)について、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は20日、被告の上告を棄却する判決を言い渡した。

 死刑が確定する。

 判決によると、大月被告は99年4月、排水検査の作業員を装って近所の会社員本村洋さん方を訪れ、妻弥生さん(当時23歳)を乱暴目的で襲って、抵抗されたことから両手で首を絞めて殺害した。泣きやまなかった長女の夕夏ちゃん(同11か月)も、ひもで首を絞めて殺し、財布を盗んで逃走した。

 最高裁によると、記録が残る66年以降、犯行時少年で死刑が確定したのは12人。60~70年代は被害者が1人のケースもあったが、連続射殺事件の永山則夫・元死刑囚(犯行時19歳)の判決確定(90年)以降は、いずれも被害者数が4人だった。


ようやく、ひとつの結論が出た。
この事件が社会に与えた影響、少年犯罪や刑罰に対する考え方に投じられた一石は、人々の記憶に残り、後々まで語り継がれることになるだろう。
本村洋氏の正義に対する思い、被害者としての立場で貫き通した意志。
家族を奪われるなどという、どんなに考え抜えたところで想像を絶する、一生のうちでも到底思い至ることもできないであろう心情のなか、何かを見据え、そして闘ってきた本村氏。
氏なくしてこの結果は有り得なかったと思う。
敬服します。


本村氏が極刑にこだわった理由。
それは、この被告に、きちんと反省してほしかったからではないだろうか。
人を殺すということはどういうことなのか、殺したらどういう裁きを受けなくてはいけないのか。
それを知らないで、この被告が今後も生き続けることは、何としても許しがたかった。
もちろん、裁かれる人によっては、死刑よりも生かされることのほうがより厳しい判決である場合もあるだろう。
ただ、この被告の場合は、おそらくそうではなかった。
死をもって、生の尊さを知らしめる必要があった。
自分の奪った命と、自分の犯した罪の重さを、自分の死を念頭に置いて、被告に反省して欲しかった。
そして、それは、死刑という判決でしか成し得ないと、思ったのではないか。

以上、完全に私見。ただの感想。
何度も言うが、家族を奪われる慟哭は、常人の及びもつかない世界である。
「わかります」なんていう無責任な言い方は絶対に出来ない。


人を殺すという罪の重さ。
それは、人の命の重さと言い換えることができる。
そして、実は、大月孝行死刑囚の命の重さも、同じである。

その命を、死刑という形で奪わざるを得ない罪とは、どのような罪なのか。
被告が少年かどうか、ではなく、そもそも死刑とは何であるのか。
この死刑囚は、なぜ死刑でなくてはならなかったのか。
きちんと考えたことがあるだろうか。


本村氏の「喜びはない」という、この言葉が、痛い。
「良かった」も、「おめでとう」もない。

ただただ、厳粛に、この判決を受け止めよう。
そして、深く、この問題に正対しよう。

テーマ : 気になるニュース
ジャンル : ニュース

仕事納め

ほんとうは明日も会社はあるのだけれど、お休みをいただくことにした。
今年一年、ご苦労様でした。

鬱でも躁でもなく、一歩一歩、前に向かって歩いている実感がある。
そういえば、今年は精神系薬を一切飲まなかったなあ。

きちんとものが考えられるようになった。
そのせいか、自分の思考に言葉がついていかないといったもどかしたも感じるようになった。
きちんと、言葉が出てこないことがある。
訓練しかないだろうな。

人に優しくいられただろうか。
いちばん弱い人のことをきちんと考えてあげられただろうか。
僕は、誰かに何かをしてあげられただろうか。
前に進もうとする人の背中を押してあげられただろうか。
立ち止まって泣いている人の背中に寄り添ってあげられただろうか。

来年の課題だな。



ブログを書く意欲は、日に日に衰えている(笑)。
来年は、どうしようかな。

とりあえず、田舎に帰ってじじばばに孫の顔を見せてやることにしよう。

ではまた来年。

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ストラグラー

Author:ストラグラー
システムエンジニア11年戦士。
世の中の出来事や身のまわりのいろいろなことに、興味の向くままに、てれてれと書き綴ります。
闘って撃沈したり、折り合いをつけたり、妥協したり、たまにはガッツポーズしたり。
お気軽にお楽しみくださいませ。

リンクフリー。お気に召しましたら、ご自由にどうぞ。

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