スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

家族崩壊にならないために

年末年始。家族団らん。
皆がひとつの食卓を囲んで、一年の思い出を語り合う。
年に一度しか流れない、独特な空気。


そんなとき、鬱がひとり、パソコンに向かってブログを書く。

きわめて、不健康な状態である。
あまりに鬱っぽ過ぎる。引きこもり親父である。
いやだ、そんなのはいやだ。

かといって、皆が寝静まったときに、こっそり起き出してブログを書いたりしたら、それはそれで大問題だ。
「あんた、夜な夜なパソコン向かってなにやってんの!!!」
「・・・い、いや、その、」
「あん!? エロサイト? それとも出会い系?」
「・・・ブ、ブ、ブログを・・・」
「え? ブログなんかやってんの? で、見せてみな。なに書いてんのよ」
「あ、あ、あ、・・・だめ」
「いいじゃねえか、おらおら・・・・・・なに悪口書いてんだよ、おらおら」

という具合に、家庭不和、ひいては家庭崩壊の引き金となるは必定。


よって、今日はここまで。また明日。
スポンサーサイト


テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

鬱とSEの因果関係

このブログ、タイトルに「SE」が入っている。
SEとは、もちろんシステムエンジニアのSEである。

にもかかわらず、SEっぽい記事をぜんぜん書いてこなかったことに気付く。
しかも、このブログ、鬱系ブログである。

ということは、このブログは、SEと鬱に関する一般的かつ専門的な知識を習得できるようなブログでなければならない。

鬱になったSE』において、ごく個人的な状況についてはお伝えしたとおりだが、では、一般的なSEさんって、どういう状況にあるのだろうか。


一般的なSEは、プロジェクトという単位で仕事を行う。

では、プロジェクトとは何か。

定義は、「ある成果をあげることを目的とする、期間の限られた活動」である。
これに従えば、より良い新年を迎えるべく、家の大掃除を行うのは、明らかにプロジェクトである。
受験勉強も、ある種のプロジェクトであろう。
「○○大学に合格する」というのが成果。期間は、試験日まで。
落ちた場合は、新たにプロジェクトを立ち上げるのか、それともプロジェクト終了とするのかの決断を迫られる。

さて、例を見るまでもなく、プロジェクトというのは、最初はとても楽である。
辛いのは、締め切り直前。
もっと辛いのは、プロジェクトが失敗に終わったとき。

とりあえず、成功だろうが失敗だろうが、終了すればぐっと暇になる。

一般的SEの場合、「○○システムを△△会社に納める」というようなプロジェクトを転々とすることになる。
そのサイクルは、ぼくの経験から言えば、最短で1ヶ月、最長で2年である。
このサイクルで、暇~多忙を繰り返す。
多忙時は、徹夜は当たり前。
休日出勤も当たり前。
さらに、追い込まれている段階なので、プロジェクト的資金繰りも厳しい状態であることが多く、サービス残業だったりする。
しかも、その忙しい状況を、SEは苦に思っていないところがある。
「ああ、たのしいなあ」と仕事をしている。
「昨日も徹夜しちゃったよ、わっはっは」

~暇~多忙~暇~多忙~暇~多忙~暇~多忙~暇~多忙~
いかにも鬱になりそうな状況が揃っているのだ。


これは、一般的なSEの状況である。
プログラマー、エンジニア、リーダー、マネージャーと成り上がる、いわばSEの王道の状況である。
でも、こんなSEばかりではない。
もっと辛いSEも、世の中には沢山いるのだ。

なんだか、これ、続きそうだな。

・・・・・・続きました。『鬱とSEの因果関係(2)

テーマ : 不安定な心
ジャンル : 心と身体

熱中!年末大掃除

徹底的に個人的なことを。

今日は、朝から年末大掃除。
なにも、大掃除を年末にするべき理由など、なにもないのだが、かといって、他にすることもない。
近所の子どもも、どうやら家にいると、掃除の邪魔になるようで、外でわいわい遊んでいる。
我が家も、うちの子どもを外に放り出し、掃除をすることとする。

こういう場合、暗黙のルールとして、子どもが遊んでいるいちばん近くの家の人が、子どもの監視をすることになっている。今日は裏の家の当番だ。

掃除は、まず生き物からだ。

・金魚の水替え
この秋、金魚が大量に生まれた我が家では、100匹以上のチビどもがうようよいる。
親子ともども、徹底的に水槽を洗い上げる。
(この場合、水と濾過槽は掃除しないのが基本)

・カブトムシ
もちろん、古来より日本に定住する、あのカブトムシである。
幼虫が、これも30匹程度、我が家で暮らしている。
冬の間は基本的に、暖かくなく、でもあまり寒くないところに放置していれば良いが、たまに水分補給をしてやらねばならない。

・植物
サボテン、洋芝、ベニカナメ、金魚の水草、金のなる木(これ、金がかかる)、etc.
見た目を美しくする、というのが作業の基本である。
ようするに、間引く。
洋芝なんかやってると、庭が狭くてよかった、と思う。


ここで、子どもが帰ってくる。
午前の部が終了。
昼食後ようやく、掃除らしい掃除にうつる。


午後。
三々五々、近所の子どもが我が家にやってくる。
最終的に、その数、6世帯9名。
妻の携帯に続々と着信メールが。
要は、「すみません、預かってもらっちゃって」ということ。
こうなったら、ご近所付き合いの手前、預からざるを得ない。

子どもをひと部屋に押し込め、掃除を再開する。
うちには、女の子用の遊び道具はない。
すまないが、ポケモンカードとプラレールで楽しんでくれ。


午後は、蛍光灯、家具の裏、窓の桟、風呂の排水口、トイレの貯水タンクなど、いわゆる年末大掃除のときでないと絶対に見ないところを中心に掃除を行う。

いろいろなものが出てくる。
半年前に無くしたと思っていたペンのキャップが出てくる。
ビー玉がごろごろと出てくる。
トイレの貯水タンクから石ころが。なぜ?

「びえ~ん」
「おかあさ~ん、○○くんが○○ちゃんを泣かした~」

妻が行って、仲裁をする。
仕事再開。

「ごん」
「どしん」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
不安になって、部屋をのぞく。
「なにやってんだ?」
「・・・え?なにもやってないよ」

「うわ~ん」
「わあああああああ~」
今度は何事だ?
「○○くんが、鼻血!」
ひえええええええ!

あわててティッシュを鼻に詰める。
幸い、血はすぐに止まる。
「ほっ」

近所のおかあさんが、子どもを迎えに来る。
「買い物行くよ~」
「は~い」
なんという、聞き分けの良い子であろうか。

3時になり、おやつの時間。
食べ物を散らかし、飲み物を散らかす。
そして、皆、外に出て遊ぶという。
ひえええ。

4時過ぎまで、子どもの遊びに付き合う。
ようやく妻から、救いの御言葉をかけられる。
「買い物行くよ」
子どもを各家庭にお返しし、ぼくの仕事は終了だ。


当然、掃除は中途半端なままである。
妻もぼくも子どもも疲れ果て、買い物ついでにそのまま外食。
帰って風呂入り、そのまま妻と子は就寝。
明日も、掃除だそうだ。

・・・・・・がんばるぞ。


テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

暇人に捧ぐ忠告

このブログを読んでいただいている、奇特な暇人の皆様。

ぐあああっと今まで忙しかったのが、ぱたっと静かになった、そんなとき。
いつもは忙しくて何も考えられなかったのが、急に人生について考える時間が出来てしまう、そんなとき。
遅寝早起きで、むちゃくちゃながらも一定のリズムで生活していたのが、パタッと暇になり、昼寝を貪るよになる、そんなとき。
年末、大掃除をしながら、一年間にたまったゴミの量と、一年間にたまった心の中の澱の量を重ね合わせて見てしまった、そんなとき。


そいつは、音もなく忍び寄ってくる。


そいつは、いつの間にか身体に染み付き、心を頭を侵食していく。

そいつに犯されていることを知るのは、来年だ。
仕事を再開しはじめて、1週間くらいだ。

去年と同じ仕事をしているはずなのに、どうも身体が馴染まない。
思ったとおりの仕事ができない。
そもそも、何を思って仕事をしてきたのか、思い出せない。


そう、それが、鬱。

休み中の生活のポイント:
生活のリズムだけは、崩さないように、気をつけよう。

以上、自戒の念を込めて、急に暇人となった人々に捧ぐ忠告とする。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

禁煙鬱なんか糞食らえ

たまには、禁煙について。

禁煙はじめて5ヶ月。
いまではほとんど、我慢する場面などないのだが、それでも時々、「あ、吸いたいな」と思う瞬間がある。
これは、中毒とかではなく、明らかに、昔吸っていたという記憶が起こさせる、脳の意地悪な仕組みのせいである。

寒ーい夜道を、ひとりでぽつぽつ歩きながら、家に向かう。
こんな寒いときは、そういえばタバコを吸っていたな。
あ、吸いたいな。

納会終了。「それでは、よいお年を」
去年も同じ事やったな。
あのときは、喫煙所に集まってタバコを吸っていたな。
あ、吸いたいな。

酒を飲んで、頭が痛くなり、コーヒーで酔いを醒ます。
こんなとき、必ずタバコを吸っていたな。
あ、吸いたいな。


こんな感じで、ひとつひとつ、前は吸っていたけれど、今回は吸わなかったという実績を積み重ねていく。これにより、ひとつひとつのシチュエーションにおいて、タバコを吸う自分を、タバコを吸わない自分に置換していく。

ということは、季節、行事を一巡りするまでは、がんばる必要がありそうだな。

そういえば、自分の経験や人のブログ、体験談などを見聞きしていると、禁煙を失敗する場面って、なにか新しいことに遭遇したり、危険な状況に置かれたり、非日常的な場面が多いようである。
そういう場面って、「非日常的な場面で吸わなかった」という実績がなかなか積めないし、心も動転していることが多いので、思わず手が伸びてしまったりするのだろうか。
これは、想像。というか、妄想。

でも、ここまで来たら、決して辛い作業ではない。むしろ、充実感のある作業だ。
禁煙したことに、誇りを持とう。
禁煙鬱なんか、糞食らえ。


でも、禁煙した人より、はじめからタバコなんか吸っていない人のほうが、よっぽど偉いんだけどね。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

すごく疲れた

今日は寒い。

仕事はとりあえず、終わらせた。
納会のビールは旨かった。

『重大犯罪と刑事責任』7回シリーズを書き終え、どっと疲れが出た感じだ。
反動で、鬱にならなければ良いが。

この病気って、
「治った」と思ったら、治ったのだし、
「治ってない」と思ったら、まだ病気なのだ。

個人的には、そう思っている。

よって、ぼくはまだ治っていないのだろうな。

とりあえず、おやすみなさい。
明日からは、家事に勤しみます。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

重大犯罪と刑事責任(7・最終回)

(『重大犯罪と刑事責任(6)』から続く)

客観的考察、そして、主観的、内省的考察。


いままでの考察をお読みいただければ分かると思うが、憲法、そして、刑法の大原則があることにより、日本が民主主義であり、自由主義国家であり得るのだと言って問題なかろう。

また、イスラム・東アジアを除く世界の大半で、その残虐性により、死刑が否定されているのも間違いない。
戦後直後の日本でも、「死刑は将来的に残虐な刑と見なされるだろう」と予想されていた。

では、現状はどうだろうか?
世論は、死刑存続、厳罰化に流れている。
ニュースでは、残虐な映像とともに、恐ろしい事件を伝え続けている。
被害者が画面に登場する回数は、以前より格段に増えている。

こんなとき、ぼくは、感情としては、被害者側に立ちたくなる。
皆、誰でも、そうだろう。
そして、被害者の気持ちが分かったふりをする。
被害者の言葉「被告に厳罰を」が、心に刺さる。
加害者の言葉は、ぼくには届かない。

でも、だから「厳罰は正しい」のか?
事件の被害者として、厳罰を求める、という姿勢について、疑問に思っているわけではない。
まっとうな感情であろう。
但し、それは被害者としての感情である。
第三者として、被害者だけに同調するのはフェアじゃない。
両方、見るべきである。


こんな状況下において、ぼくを含め、多くの人が、憲法の理念、刑法の理念について、理解していない。
何を基準に、フェアかフェアじゃないかを判断する基準を、誰も持ち合わせていない。
きわめて、恐ろしいことではないだろうか。


話を最初に戻そう。

そもそものぼくの疑問の直接的出発点は、『重大犯罪と刑事責任(1)』にも書いたとおり、勝木諒容疑者の、千葉県東金市保育園児死体遺棄事件にある。
「死刑は当然だあ」
「精神鑑定なんか不要だあ」
「はやく極刑にせよ」
という意見って、どうなの? というのが、最初であった。

考察を続け、ぼくの印象に最も強く残ったのは、次の言葉である。
この感情に於て私も決して人後に落ちるとは思はない、しかし憲法は絶対に死刑を許さぬ趣旨ではないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから。
若し死刑を必要としない、若しくは国民全体の感情が死刑を忍び得ないと云う様な時が来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上裁判官が死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはないのが実状だから。

これは、1948年(昭和23年)3月12日、最高裁大法廷が、死刑制度は合憲であるとの判決を出した際の、井上登裁判官の意見である。



以下、ぼくの意見。

物事を客観的に見ることの、なんと難しいことか。
それでも、世に意見を主張する際は、客観的視点が不可欠なのだ。
おいそれと自分の意見を公表することなど出来ない。

理系離れ、とよく言われるが、法律知識は、文系の学問ではないか。
文系離れのなんと甚だしいことか。
論理的思考も必要だが、論理的思考をしようという哲学は、もっと大事ではないか。

これらのことは、ぼくが余暇を使って、1週間で調べられる程度の知識でしかない。
このことが、一般的に教育されていないことに、腹立ちを覚える。
これらのことを、調べようとしない人々の姿勢に、腹立ちを覚える。


ここまで調べた結果として、ぼくの意見は述べねばなるまい。
『現行法の理念に従い、死刑は悪であるが、今の日本には必要な刑である。』



本日、勝木諒容疑者が、殺人容疑で再逮捕された。
Yahoo!のニュースで、本件に関するユーザーコメント上位5つがすぐに閲覧できる。
これをここに開示することで、本件、終了としたい。
賛成・反対コメント、お待ちしております。

身勝手な性犯罪者なだけじゃなく
殺した事実も当初認めようとはしなかった
明らかに罪を犯したという自覚があったから
多少知的障害があろうと善悪の区別がついていたのだから
どうか極刑に処してほしい

責任能力があるなら、死刑でお願いします
責任能力がないんなら、一生世間に出れないようにしてほしい
同じことがあってはならない
何の罪もない子供が殺められたことをしっかりと受け止めて欲しい

責任能力がないから罪に問えない、ってのは間違ってるよなあ。
いいかげん精神鑑定とかやめてやったことの罪は罪で裁いてほしい。
被害者や家族はたまったもんじゃない。

「帰れ」「帰りたくない」で口論になった?
「帰りたい」「帰さない」だろ。
死ね。

責任能力に問題があって、死刑にできないのでしたら、
ご自分のやられたことについても全く内省不能、また同じことが起こるということです
病院か施設か何処でもいいから、隔離してください
それが、彼のためでもあると思います

以上。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

重大犯罪と刑事責任(6)

(『重大犯罪と刑事責任(5)』から続く)

刑罰に関する世論の動向について。

内閣府が5年に1回調査している、「基本的法制度に関する世論調査」というものがある。
平成6年、11年、16年と行っており、次回はおそらく来年行われるであろう。

過去3回で、若干調査内容が変わるが、Q1~Q5については、質問内容の変更がほとんど無い。
ご紹介しよう。
Q1 あなたは、今までに、裁判所を見学したり、裁判を傍聴(ぼうちょう)したりしたことがありますか。
  • ある
  • ない

Q2 死刑制度に関して、このような意見がありますが、あなたはどちらの意見に賛成ですか
  • どんな場合でも死刑は廃止すべきである→SQa1へ
  • 場合によっては死刑もやむを得ない→SQb1へ
  • わからない・一概に言えない→Q3へ

SQa1 「どんな場合でも死刑は廃止すべきである」という意見に賛成の理由はどのようなことですか。この 中から、あなたの考えに近いものをいくつでもあげてください。
  • 人を殺すことは刑罰(けいばつ)であっても人道に反し、野蛮(やばん)である
  • 国家であっても人を殺すことは許されない
  • 裁判に誤りがあったとき、死刑にしてしまうと取り返しがつかない
  • 凶悪な犯罪を犯した者でも、更生(こうせい)の可能性がある
  • 死刑を廃止しても、そのために凶悪な犯罪が増加するとは思わない
  • 生かしておいて罪の償(つぐな)いをさせた方がよい
  • その他
  • わからない

SQa2 死刑を廃止する場合には、すぐに全面的に廃止するのがよいと思いますか、それともだんだんに死刑を減らしていって、いずれ廃止する方がよいと思いますか。
  • すぐに、全面的に廃止する
  • だんだん死刑を減らしていき、いずれ廃止する
  • わからない

SQb1 場合によっては死刑もやむを得ない」という意見に賛成の理由はどのようなことですか。この中から、あなたの考えに近いものをいくつでもあげてください。
  • 凶悪な犯罪は命をもって償(つぐな)うべきだ
  • 死刑を廃止すれば、被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない
  • 死刑を廃止すれば、凶悪な犯罪が増える
  • 凶悪な犯罪を犯す人は生かしておくと、また同じような犯罪を犯す危険がある
  • その他
  • わからない

SQb2 将来も死刑を廃止しない方がよいと思いますか、それとも、状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよいと思いますか。
  • 将来も死刑を廃止しない
  • 状況が変われば、将来的には、死刑を廃止してもよい
  • わからない

Q3 死刑がなくなった場合、凶悪な犯罪が増えるという意見と増えないという意見がありますが、あなたはどのようにお考えになりますか。
  • 増える
  • 増えない
  • 一概には言えない
  • わからない

Q4 日本では、刑務所に収容する刑罰として、懲役刑(ちょうえきけい)と禁錮刑(きんこけい)があり、犯罪の質や内容によって、処罰を区別しています。懲役刑は、刑務所に収容して一定の作業をさせます。一方、禁錮刑は、刑務所には収容しますが、本人が希望する場合にだけ作業をさせます。このような懲役刑と禁錮刑の区別について、この中からあなたの意見に最も近いものを1つだけお答えください。
  • 現在のように犯罪の性質や内容によって、懲役刑(ちょうえきけい)と禁錮刑(きんこけい)を区別しておいた方がよい
  • 犯罪の性質や内容によって区別せず、懲役刑に一本化し、刑務所に収容した上で一定の作業をさせる方がよい
  • 犯罪の性質や内容によって区別せず、禁錮刑に一本化し、刑務所には収容するが、本人が希望する場合にだけ作業をさせる方がよい
  • その他
  • わからない

Q5 罰金刑について伺います。十分にお金を持っている人とあまりお金を持っていない人が、それぞれ同じような犯罪を犯して、裁判で、罰金刑に処せられる場合、その罰金額をどのようにすべきだとお考えでしょうか。この中から1つだけお答えください。
  • 同じような犯罪を犯したのだから、同じような罰金額にすべきである
  • 十分にお金を持っている人と、あまりお金を持っていない人とで不公平にならないように、それぞれの資力を考えて、罰金額に差をつけるべきである
  • 罰金額の大小、犯罪の性質や内容によるので、同じような罰金額にすべきかどうかは一概に言えない
  • その他
  • わからない


死刑についての質問のうち、Q2、SQa2、SQb2の結果は、以下のとおりである。
H6H11H16
どんな場合でも死刑は廃止すべきである13.68.86.0
  すぐに、全面的に廃止43.242.139.8
  だんだん減らしていき、いずれ廃止51.952.253.7
  わからない4.95.76.5
場合によっては死刑もやむを得ない73.879.381.4
  将来も廃止しない53.256.561.7
  状況が変われば廃止しても良い39.637.831.8
  わからない7.25.76.5
わからない・一概に言えない12.611.912.5

(単位は%)
グラフ化すると、こんな感じ。(クリックすると、でっかくなります)
無題

左から1つ目~3つ目が、死刑廃止派。4つ目~6つ目が、死刑容認派。(縦軸単位は%)
「将来的にも死刑は止む無し」この意見の伸びが著しい。平成16年には、遂にこの意見が過半数を超えた。
むしろ、積極的に死刑を肯定する意見と考えるほうが正解だろう。

他にもいくつか調査結果があったが、それらは、結果的に偏った調査方法である可能性が高く、信用に足るものではないと判断した。また、経年変化を確認できる資料ではないこともあり、すべて割愛させていただいた。

死刑容認派にとって、この調査結果は大きな根拠となっている。



刑罰に関する世界情勢について

アジアでは、イスラム教国や東アジアを中心に、死刑執行数が多い。
日本は、先進国で唯一死刑執行が増加している国である。
シンガポールは、どんな犯罪でも死刑になり得る。
中国は処刑数が多いが、人口も多いので、一概に死刑が多い国とは言えない。
北朝鮮では即決公開処刑があるようである。

アフリカでは、南部の死刑廃止が目立つ。
北部では、イスラムの影響で、死刑存続している国が多い。
西部は、フランスの影響で、死刑を停止している国が多い。

中東諸国では、コーランの教えに沿い、死刑が多い。
また、イスラム原理主義に基づく厳罰であるという側面がある。
このため、イランでは死刑の執行が多い。

ヨーロッパでは、実質的に、死刑制度の廃止が各国間のコンセンサスとなっている。
EUは、理由は、不必要かつ非人道的であるため、死刑廃止を加盟条件としている。
ロシアでは、1999年に憲法裁判所が死刑判決を正式に禁止した。
また、ヨーロッパ以外の諸外国(日本やアメリカ)に対し、死刑廃止を迫っている。

オセアニアでは、死刑を非人道的としており、事実上死刑制度が存在しない。

北中南米では、多くの国で死刑が中断・廃止されている。
アメリカは州によって違うが、多くの州で死刑が続いている。


つい先日、このようなニュースがあった。
毎日JP/2008-12-20:
 【ニューヨーク小倉孝保】国連総会は18日、死刑執行の一時停止などを求める決議案を賛成多数で採択した。決議採択は2年連続。日本は昨年に続き反対した。賛成国は昨年より2カ国増えた。
 決議案は欧州連合(EU)やオーストラリア、イスラエルなどが提案した。賛成は106カ国。反対は日本や米国、中国など46カ国(昨年54カ国)、棄権は34カ国(同29カ国)だった。

これが、世界の情勢を如実に表しているものと考える。

以上、続く。

続き:『重大犯罪と刑事責任(7・最終回)

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

重大犯罪と刑事責任(5)

(『重大犯罪と刑事責任(4)』から続く)
ああ、めんどくさい。
あと、一気にいきます。



死刑制度の議論について。

死刑制度の存続意見については、「全国犯罪被害者の会」のサイトをご参照あれ。
特に、死刑について言及した意見書については、下記リンク参照。
http://www.navs.jp/report/1/opinion2/opinion2-11.html

死刑制度の撤廃意見については、「日本弁護士連合会」のサイトをご参照あれ。
特に、死刑について言及した意見書については、下記リンク参照。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/080313.html


それぞれの意見については、あえてここには記さない。
ぼくがここに転記し、何かを追記したりすることで、その主張を捻じ曲げることになりかねないからだ。

ただ、ひとつ条件がある。
必ず、両方読んでほしい。あるいは、読まないなら両方とも読まないで欲しい。
それぞれの会の主張は、「犯罪被害者」個人の意見の集合であり、また、「弁護士」個人の意見の集合である。
幸いにも犯罪被害者でない人、また、犯罪者を弁護する立場にない人は、きちんと中立の立場で読んで欲しい。
片方だけ読んで「そうだそうだ」とわめき騒ぐことだけは避けたい。


これとは別に、一般的な考え方として、死刑存続派の意見と、死刑廃止派の意見をまとめておくことは可能である。
それぞれの主張の趣旨だけまとめておく。
(これは、全国犯罪被害者の会や日本弁護士連合会の意見を代弁したものではない。世間一般的に主張されている内容をまとめたものである)

死刑存続派意見
・世論の後押しがある。
・犯罪抑止効果がある。
・刑事訴訟法475条により、死刑確定から6ヶ月以内に死刑を命じなければならない。
・犯罪被害者遺族が、死刑を望むことは悪いことではない。
・冤罪の可能性と死刑執行の是非は別問題である。

死刑廃止派意見
・死刑執行の停止は、国際的な要請である。
・冤罪の可能性があるが、再審請求に大きな壁がある。
・死刑と無期懲役の差が大きすぎる。
・犯罪被害者の被害は、二次的被害(世間、マスコミ等)が多い。死刑存続の理由とはならない。
・きちんとした議論がなされていない。また、世論調査の方法にも問題がある。




終身刑の議論について。

議論としては、主に以下の2つの観点から行われているようだ。
1.死刑廃止論に関連し、その代替としての絶対的終身刑の提案。
2.死刑と無期懲役の差が大きすぎるため、その穴埋めとしての絶対的終身刑の提案。


1に対する反対意見は、死刑存続派意見に近い。
つまり、死刑存続するのだから、終身刑は不要だ、という考え方。
また、一部、次のような意見もある。
・終身刑は、死刑よりも残虐であるので、反対。
・生かすのに費用がかさむため、反対。

2に対する議論は、超党派議員連盟が組まれ、議論されているようである。
なお、ここに参加する議員には、死刑廃止論者と死刑存続論者の両方が参加している。


ちなみに、現行の日本で、死刑に次ぐ重い刑である無期懲役(相対的終身刑)について。
Wikipediaより引用:
日本の例を見てみると、法制上は10年を経過すれば仮釈放の申請が可能になるが、実際には、最近では基本的に最低20年以上が経過しなければ仮釈放が認められない運用がされており、2005年の仮釈放者の平均在所年数は約27年となっている。また、フランスも、法制上は20年を経過すれば仮釈放の申請が可能になるが、仮釈放者の平均在所年数はそれより長く、約27年となっている。但しこの数字はあくまで仮釈放が許された者の平均の数字であって、その裏には仮釈放を許されないまま刑務所で死を迎える者(獄死者)も多数存在する。98年以降の無期懲役刑を受けての獄死者の人数は120人で仮釈放された延べ人数の104人を上回っている。

半分以上は、結果的に終身刑だった、ということだ。
つまり、「無期懲役刑は平均で27年で出られる刑罰だ」というのは、実際に仮釈放された人だけを対象にした数字であり、誤解を生む表現である。
仮釈放されず、獄死した人は、仮釈放された人よりも多くいる。
皆さん、統計の数字は正しく読みましょうね。

同じように、死刑囚が獄死したのは、死刑確定者825人中21人だけだそうだ。
執行された人は、660人。差分は、執行待ちだったり、恩赦、特赦によるものだったりする。
死刑囚はわりとコンスタントに死刑執行されているようである。
これだけを見ると、別に、鳩山邦夫が死神だったというわけでもなさそうだ。

以上、続く。
続き:『重大犯罪と刑事責任(6)

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

日中はしっかり仕事をしています

重大犯罪と刑事責任について、暇さえあれば調べまくっているぼく。
ご心配なく、日中はきちんと仕事をしています。

朝の電車内で調べたいことをリストアップし、
会社の昼休みにばばばっと調べ、
夕方帰る前に簡単に整理し、
家に帰って追加疑問を調査し、
文章化し、ブログに貼り付ける。

でも、すごく体力使う。
頭が痛くなる。
目の奥が腫れている感じがする。

そういえばこのブログ、メインテーマは鬱だった。
この、調査癖、熱中癖、反省癖、発表癖、etc....
そういったぼくの性格が、病気を形成しているのだろうか。
逆に、病気がぼくをそうさせるのだろうか。

おそらく、同一のものなのだろうな。
性格と、癖と、心の病は、不可分なのだろう。

そう考えると、不思議と楽になる。
ぼくがぼくたる所以であるところのぼくは、ぼくの長所であり、短所であり、病気であるのだ。
なんだそりゃ。
わけわからん。

さあ、明日は、仕事納めである。
がんばるべ。

テーマ : 不安定な心
ジャンル : 心と身体

ランキング参加中
また、ランキングサイトに参戦することとなりました。
グリグリグリっとクリックお願いします。
にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
プロフィール

Author:ストラグラー
システムエンジニア11年戦士。
世の中の出来事や身のまわりのいろいろなことに、興味の向くままに、てれてれと書き綴ります。
闘って撃沈したり、折り合いをつけたり、妥協したり、たまにはガッツポーズしたり。
お気軽にお楽しみくださいませ。

リンクフリー。お気に召しましたら、ご自由にどうぞ。

カウンター
目次

全ての記事を表示する

カレンダー
11 | 2008/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
躁 (8)
本 (6)
月別アーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
フリーエリア
edita.jp【エディタ】
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。