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西関東逃避旅行(3)

残業で、ひさしぶりの終電帰り。
電車の中吊り広告で、こんなのを発見。
週刊新潮2月26日号の広告。
「奇妙な笑い」「さまよう視線」
「不眠」「ツメ噛み」「5キロ減」
麻生さんは「鬱病」!
だから、何?


気を取り直して、前回の続き。

2009年2月17日(火)昼の12時頃、仕事をさぼったぼくは、妻のパンティー、いや、トリンプの前社長の本で泣きそうになるのを我慢しながら、相模線を橋本に向けて北上していた。
どうしてこんなことをしているのか、わけがわからん、という方は、『西関東逃避旅行(1)』『西関東逃避旅行(2)』を先にご覧ください。



車内はとてものんびりした空気が漂い、冬の日差しを受けた社内は、ぽかぽかと暖かい。
でもぼくは、分からなくなっていた。

ぼくはいま、何から逃げているのか。
何をするために、厚木、海老名を通過しているのか。
なぜ、トリンプの前社長が書いた本を読んで、泣きそうになったのか。
ぼくは、何を知りたいのか。
知って、どうしようというのか。


高架の上と、その下の線路に、緑色のラインの電車が走っている。
下はJR横浜線、上は何だ?
京王は、緑色ではないはずだが・・・。
・・・あ、都営地下鉄新宿線の緑色ラインが、ここまで乗り入れているのだ。
それにしても、よく似ている。横浜線と都営新宿線の色。
泣きそうでも、鬱々でも、鉄道魂は生きている。

相模線の終点・橋本に着いた。
電車を降り、階段を上り、跨線橋を渡り、階段を下り、横浜線下りホームに向かう。

5分ほど待つと、横浜線の八王子行き電車がやってきた。
結構、混んでいる。座れそうにない。
いくつか駅に止まり、わりとすぐに終点・八王子に到着。



ここで、八高線に乗り換える。
八高線の次の電車は、13:09発、川越行き。
20分以上、余裕がある。
時刻は、もうすぐ午後1時、というところだ。

ホームのベンチに座り、妻が作ってくれた弁当を広げ、食べる。

まさか、八王子で弁当を広げているなんて、妻は思ってもいないだろう。
これを聞いたら、妻はどんな気持ちになるだろうか。
吹きさらしのホームは、風が冷たかった。
震えながら、ミニハンバーグをかじった。
10分ほどで弁当をたいらげると、八高線に電車が入ってくるというアナウンスが聞こえた。
弁当箱を片付け、八高線のホームに向かう。
川越行きの電車が待っていた。

ボタンを押し、扉を開ける。
電車に乗り込み、扉を閉め、座る。
暖かい。



もういちど、鞄から本を取り出し、続きを読む。

ムダな仕事はもう、やめよう!
吉越 浩一郎
涙を拭くためのパンティーは必要なさそうだった。
もう、泣きそうにはならなかった。

読み始めると、一気に最後まで行ってしまう。
「あれ?」と立ち止まらなければいけない箇所が、ほとんど無い。
首尾一貫した考え方、哲学。

電車はいつの間にか発車していた。
車窓には米軍横田基地が広がっていた。
道路標識が、日本語+英語だ。「止まれ/STOP」。



今日、逃げてはいけない仕事から、ぼくは逃げた。
逃げたかったから逃げたのに、そこにぼくは理由を求めていた。
いやだから逃げたのだ。逃げてはいけない仕事だったから、余計に逃げたかっただけなのだ。

この本で、著者は、「仕事は私生活ではない」と言っていた。
仕事と私生活を混同してはいけない。
仕事に時間を掛ければ、その分、私生活にしわ寄せが来る。
仕事は効率よく、やるべきことだけをやり、さっさと家に帰って、私生活を楽しもう。
そのことで、仕事の質も上がり、私生活の質も上がる。

この本は、そういうことを語っていた。

ぼくは、仕事が原因で、鬱になった。
でも、仕事をしないと食べていくことはできない。
だから、仕事をしなくてはいけない。
嫌いな仕事でも、無理をして、頑張らなくてはいけない。

いろいろなことが、頭を巡った。
妻のこと、子どものこと、両親のこと、友人のこと、親戚のこと、仕事のこと、趣味のこと。

このとき、手帳に書きなぐったメモが残っている。そのまま転記しておこう。
仕事がつまらない
何のための仕事?
金を稼ぐため。
稼げている?
Yes.
では、つまらくても良い。少なくすれば良い。やるべきことだけを、きちっとやっていれば問題ない。
仕事は、生きるための手段である。原始において、狩りをするのと同じである。楽しいわけがない。(興奮はするかもしれないが)
仕事=生きることになっていないか?
生きることは、決して、労働することではない。
遊ぶこと。育つこと。楽しいこと。悲しいこと。
稼ぐことではない。
もっと、遊ぼう。育とう。楽しもう。悲しもう。仕事なんかしている場合ではない。
さっさと、効率よく。
土日は遊ぶ。

一生懸命が悪い?
鬱はほどほどが肝心?
そんな馬鹿なことがあるか
一生懸命、遊び、働き、笑い、泣き、生き、死ぬ。
これ以上すばらしい人生あったら教えてくれ。
鬱は一生懸命な人がなる病であるならば、鬱は、一生懸命になってはいけないのか?
馬鹿馬鹿しい
一生懸命になれなくなる病が、鬱なのだ。
いや、一生懸命さに偏りがあるとき、鬱になるのだ。
何か忘れていないか?
一生懸命に泣くことなど、よく忘れそうになりはしないか。


電車は、小さな峠を一気に越え、高麗川に到着しようとしていた。

西関東逃避旅行(4)』につづく
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テーマ : 不安定な心
ジャンル : 心と身体

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非公開コメント

夫が仕事で大変そうで、私が家庭のことで大変なときのことです。

「あなたはいいわよね。仕事の人間関係や内容は
家庭にもどれば忘れられるし、関係ない。
仕事の付き合いの人間関係は切ることができる。
会社だって切ることができる。
でも、私の人間関係・・家族・親戚は切れないのよ!」って。

若いとき、夫の母といろいろあった時に言った言葉です。

今、思うと・・・夫にとっても仕事・私にとっての家族・親戚・・・の悩みは
同じ。
切ることかできたり、切り替えができれば・・あんなに悩まなかったって思います。

ストラグラーさんに、良いコメントできませんが
記事を読んでふと思い出したので書いてみました。

ごめんなさい~自分のことで・・・

応援ぽち

返信>らいりさん

いやなことは、全部切り捨てることが出来ればいいのですが、そういうわけにいかないのが世の中というもので・・・。
切り替え、メリハリ、といった、「上手な生き方」が出来ればいいのですが、まあとにかく下手クソなんですよ、ぼくを含め、この病気に罹っている人って。
仕事はともかく、家族相手だと、やっぱり思い切るのが難しいのだろうな、と思います。
「でも、それじゃあ、身が持たないよ」
よく言われますし、よく言います。
らいりさんのブログ読んでると、特に言いたくなります(笑)
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