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脳みそ血流測定器で「擬態鬱」は見抜けるか?

前々回の記事『昨日のNスペ「うつ病治療 常識が変わる」』で、脳みそ血流測定器というものが出てきた。
これについて、「擬態鬱もなくなる」といったご意見を頂いた。
ぼくも、あの番組を見ながら、同じことを思った。うそ発見器みたいだな、と。
「あの機械で高橋アナウンサーが鬱だと判明したら・・・」ということを書いているのだから、間違いない。

また、コメント中の「擬態鬱」という言葉に、びびびっと反応したのも間違いない。
そのあたりの理由は、過去記事参照のこと→『「擬態うつ病」

で、実際のところ、脳みそ血流測定器で「擬態鬱」は見抜けるのだろうか?
今回、その件を考えてみたい。



まず、そもそも「鬱」とは何か、から話を始める必要がある。
鬱が分からないのに、擬態鬱が分かるわけがないのだ。

鬱病とは、「気分障害の一種であり、抑うつ気分や不安・焦燥、精神活動の低下、食欲低下、不眠症などを特徴とする精神疾患である」(Wikipedia「うつ病」より引用)

これにより、鬱病は精神疾患であり、身体疾患ではない、ということが分かる。
では、この鬱病の原因は何か。

一般的には、鬱の原因には内因性と外因性の2種類がある、と考えられている。

内因性の鬱:
  身体疾患によって生じる鬱状態。
  単極性鬱病、反復性鬱病、双極性障害(躁鬱病)などがある。
  但し、その疾患が明確になっている場合は、鬱病とは言わない
   (脳腫瘍、脳血管障害、アルツハイマーによる鬱状態などは、鬱病とは言わない)。
心因性の鬱:
  心理的要因、ストレスによる鬱状態。
  厳密に言うと、これは重度の適応障害であり、鬱病ではない。

両方とも、鬱状態としての症状は同一である。
適応障害から心因性の鬱、そして内因性の鬱へと進行することもある。
ちなみに、適応障害から、身体的異常が生じることがある。これを、自律神経失調症、心身症などという。

これ、ぜ~んぶ、違う病気である。
治療方法も違う。個人差もあるので、同じ病気でも人によって薬が違う。
まったく薬の効かない場合もある。

では、内因性の鬱のメカニズムは、どうなっているのか。
これが、いまだ仮説の域を脱していないのだ。
頭の中のどこがどうなると、単極性鬱病になり、どうなると双極性躁鬱病になるのか、まだ分かっていないのだ。
内因性の鬱で書いたように、メカニズムがはっきりしている鬱は、鬱病とは言わない。
理由よく分からないが、セロトニンの再吸収を阻害する薬を投与すると鬱状態が改善することから、セロトニン仮説というものがあるが、証明されたわけではない。
また、海馬神経損傷仮説というものもあるらしい。
これが明確になると、鬱病という呼ばれ方ではなく、「セロトニン欠乏症」とか、「海馬神経欠損症」などというネーミングになるのだろう。

では、心因性の鬱に対し、これらの薬が効かないか、といえば、そういうことでもないらしい。
脳に作用する薬なのだから、どんな人にでも何らかの神経作用が出て当然である。つまり、「薬が効かないから心因性だ」とは言えないのだ。
また、バファリンを飲んでも治らない頭痛のように、内因性の鬱なのだけれど、たまたまその人に合わない薬なのかもしれない。
ノーシンなら効くかもしれない。
そんなことは鬱にはよくあることだ。

ということは、内因性の鬱か心因性の鬱かを臨床的に明確に判断することは、いまのところ不可能だ、ということになる。
とりあえず、鬱な気分が継続して現れる状態を、十把一絡げに「鬱病」と言っているに過ぎないのだ。
時々躁状態が出るのであれば躁鬱病だし、何らかのストレスが要因であることが明確になったのであれば、心因性鬱となる。
これら「鬱病」状態の症状だけを見たときに、重症軽症以外の区別は不可能である、というのが現状だ。
だから、先日のNスペのように、医者によって診断結果が違ったりするのだ。

もっと面倒なことに、心因性の鬱から、内因性の鬱に変化することもある。
例えば、ストレスで眠れない状態が何日も続き、ホルモンバランスだの脳内物質だの、わけのわからないものに変調をきたし、ある日突然脳みその一部が爆発する。ぼん。
(多分、ぼく自身はこれだったのではないかと考える)



鬱の定義、概念、実例については、これでお分かりだろうか。
では続いて、「擬態鬱」について考えてみよう(なんだか大学の講義みたい。調子に乗ってきた)。
「擬態鬱」については、明確な定義がないが、ここでは「仮病」、つまり、自分は鬱であると意図的に嘘をくこと、というふうに仮定する。

以下は、ぼくの考えである。

この「擬態鬱」と、心因性の鬱病の間には、生理的に大きな差は無いのではないかと考える。
「鬱病だ、と嘘をつく」ことと「鬱病だ、と思う」ことに、客観的にはほとんど差はないだろう。
鬱の診断には、ひとつひとつの質問に対し点数を付けていき、何点以上だったら鬱病、っていう例の表があるのみだ。それ以外の診断方法はない。つまり、現段階では、問診に嘘を書けば、鬱病になれる。
もし、他の診断方法があれば、それは鬱病ではなくなる。脳血管疾患とか、セロトニン欠乏症、などという病名が付けられ、鬱病とは切り離されることになるだろう。



だから、現段階で、脳みそ血流測定器でもって、その人が何病か、あるいは仮病かどうかを明確に当てられるようになったとしたら、それは既に鬱病ではなく、別の疾患名が与えられるはずだ。
現段階で、脳みそ血流測定器で分かるのは、診断に対する客観的な裏づけ、のみである。
鬱状態で病院に来た人がいたとしよう。問診の結果、その人が躁鬱病である確率が50%のような場合に、この機械を使うことで、躁鬱病であるかそうでないかが、もっとはっきりする、というものだ。
躁鬱病でなかったときに、では何病なのか、ということは、相変わらず分からない。
頭痛を訴える人がいて、MRIで検査すれば、脳血管疾患かどうかは明らかになるだろう。しかし、脳血管疾患でない場合、本当に頭痛で苦しんでいるのかどうかは、分からない。それと一緒だ。

ここを間違えてると、えらいことになる。
脳みそ血流測定器でもって、心因性の鬱を患う人に、「おまえの血流は問題ない。だから、おまえは擬態鬱だ」なんて言ったら、「そうなのか、やっぱりぼくは駄目人間なんだ」となっちゃう。

この機械は、治療方針を決めるために使用されるべきで、病気か否かを判断するために使用すべきではないと考える。
ちょうど、頭痛を訴える人を検査して、どうしても頭痛の原因が分からないから、「あなたは頭痛ではありません」と言うのと一緒だ。
「擬態鬱」を論じるのであれば、他の仮病と同じく「仮病は悪いことだ」という道徳的観点で論じるべきである。

もし、仮病かどうか調べたいのであれば、うそ発見器のほうが、実績があり、信用できそうだ。「擬態鬱」に対して、どのくらいの効果があるのかは、疑問ではあるが。



ここまで、ぼくは敢えて「現段階で」という言葉を入れた。
将来、そうでなくなる可能性は大いにあると考える。また、そうであってほしいと考える。
鬱病の科学的解明が行われ、原因がはっきりし、いわゆる鬱な気分とは明確に切り離され、治療方針が立てられれば、それはとても素晴らしいことだ。
また、心因的鬱である、ということがはっきりすれば、明確にそこにポイントを絞ったカウンセリングや、ストレッサーの除去で治癒する、ということになるし、症例を重ねることで、その技法も磨かれるだろう。
前々回の記事で、「鬱病が、本当に「心の風邪」となることを、強く望む」というようなことを書いたが、その意図はこういうことである。



ただ、やっぱり仮病する人は仮病する。
ぼく自身「頭が痛い」と言って会社を休むこと、よくあるもん。
だったら、各種ずる休みは、「擬態風邪」「擬態頭痛」「擬態発熱」「擬態親戚不幸」というべきだ。「擬態鬱」だけをことさら強調する必要はない。
特別視するのは、それは未だに鬱病が被差別的な病気であり、未知の要素がまだまだ多い病気であるという証拠である。
「心因性鬱」を「擬態鬱」と見なすことで、「怠け者」のレッテルを貼り、村八分にするための、「正常な」神経を持った人間の理屈である。
もしかしたら、医療費抑制を目論む国家の陰謀かもしれない。
(うわ、すごい卑屈な考え)

以上、ちょっと熱め。
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非公開コメント

こんばんは~
うんうんって、頷きながら読ませていただきました。
私もよくわからないので、コメントもめちゃめちゃですが、すみません。

うつと一言で言っても、うつっぽいというものから・・重度なものまでいろいろあり
原因もいろいろ。。しかも、何かの数値によって判別できる判定方法もなく・・。
もし、血流測定によって判別できるなら、逆にすごく気持ちが楽になる人は
多い気がします。
数値に表せないと、気分なのか、精神なのか、肉体なのか・・って、ことが
ぐるぐるして、わけわからなくなるんですよ。
検査数値でなんでも判断する西洋医学の中では、特異な存在です。
研究が進めば、ぱっと判別できる方法が開発されるのでしょうか~その時は
治療方法もわかるはず・・

すみません。ぐちゃぐちゃです。
応援ぽち

全てが全て判明する訳ではないのですね。そりゃそうか。
確かに治療には効果があるので、広まって欲しいですね。

擬態鬱に対しては確かに難しいですね。軽率に考えてました。
僕自身も鬱病で苦しんでいたので、簡単に鬱っていう風潮がちょっと嫌だったからだったと思います。
何が擬態か?自分も実は?とか考えるとぐちゃぐちゃになるから、器械で判明すれば楽になるかなぁと。

後、ずる休みと擬態鬱は違うような気がします。
ずる休みはずるって自分でわかっているけど、擬態鬱は鬱と思い込む症状と聞いたような。ネットで調べただけなんで怪しげですみません。



返信

>らいりさん
いや、ぜんぜんぐちゃぐちゃじゃないですよ。

たしかに、西洋医学的には、頭かっさばいて、「おお、これが原因だ」なんて分かれば、いいんですよね。おそらく、このマシンも、そこを目指しているのでしょう。
カウンセリングも、そうかもしれません。症例を積み重ね、状況をいくつかのパターンに分けて、「このパターンにはこの方法」なんてやっているみたいですし。

>連環馬さん
あげ足取りみたいな記事書いてしまって、申し訳ありません。
昨晩以降、ぼくも色々と調べてみました。結局、この言葉を作った人の考えでは、心因性鬱とあまり変わらないみたいですね。
でも、やはり「心因性鬱」=「擬態鬱」、というのは、感覚として受け入れがたいですね。
世の中には、言葉のイメージだけが先走ってしまっているようです。
「心因性鬱病」でいいじゃないか、と思うのです。
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