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絶対に犯罪を犯さない自信、ありますか?(その2)

前回記事『絶対に犯罪を犯さない自信、ありますか?』の続き。

すごく大事なこと。
それが、コメント欄だけに閉じられているのは、もったいない。
もう一度、おもてに出します。



『虐待は絶対にあってはならないこと』という点では、みな同じ。
虐待しても良い、なんてこと、誰も考えるハズがない。

じゃあ、どうして虐待がこの世の中からなくならないの?

意識的でも無意識的でもいいが、自分には関係がない、という感覚を持っていらっしゃる方が多いからじゃないの? 「自分は絶対に虐待なんかするハズがない」と思い込んでいる人が多いんじゃないの? というのが、僕の考え。



すべての事件、ひとつひとつの事件に対し、加害者がいて被害者がいて、傍観者がいる。
前回取り上げた事件の、具体的な加害者、被害者については、もちろん警察、司法で、きっちり解明し、裁いてもらう必要がある。
このあたりの僕のスタンスは、『東京都江東区殺人事件の報道について』と同じだ。
被害者の気持ち、加害者の気持ちは、当事者や遺族でないと、絶対に分からない。そんなもの、一般化できるわけがない。議論するだけおこがましい、と考える。
悲しみ、憎しみ、怒り、といった、簡単な言葉で片付けられるハズがない。
自分の子を失った悲しみは、子を失った人間しか分からない。



では、放っておけばいいの? そんなわけない。
僕の心に沸き起こった、怒り、憎しみ、悲しみは、どこに向ければいいの?
どうして、周囲の人は、助けられるのに助けなかったの?
僕自身は、この事件から、何を学べば良いの?

自分自身が、こういうことをやってはいけない、と考える以外に、ないじゃないか。
「自分はこういうことを起こすハズがない」
「自分はこういうことを起こしてはいけない」
この2つ、全然違う。



具体的な表現は避けるが、子どもの頃の遊びのなかで、自分自身が、いかに残酷な一面を持っているか、僕は身をもって体験している。
田舎育ちで、野山を駆け巡った経験のある方なら、このあたりのこと、分かるのではないだろうか。
また、歴史をきちんと正視すれば、人間がいかに残酷なことを平気で出来る動物かということも、知ることが出来る。
そして、今の世の中が、人間の本能ではなく、理性的な思考を行う集団で成り立っている、ということも合点がいく。
理性的な思考を行うひとりひとりが、集団になったときに、どういう法を持つべきか。
そこで決めた法に従うために、個々はどうすべきなのか。

そうやって、今の社会は成り立っている。

「僕は、虐待をしないと、誓う」
これが、僕のスタートだ。

あなたが虐待をしないためのスタートポイントは、どこですか?
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テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 心と身体

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私はどう厳しい目でみても虐待はありえません。管理人様のご意見とは違いますがするはずありません。言い切れます。

メディアの報道は一事が万事みたいなことをします。大半の親は子供が愛おしくてしかたないのですからそんなことするわけありません。

あれは統計的に非常に特異な例です。だからこそセンセーショナルに報道されていて、馬鹿な評論家どもは「こんな親がふえている」と嘘をつくのです。

経済的に貧しく社会不安の大きな国では虐待かま多く、程度も酷いですが日本ではまだましです。

返信>ピンキーもわさん

そういい切ることの出来るピンキーもわさんが、羨ましいです。
ただ、後半部分、貴殿の仰ることが事実なのだとすると、単純に、僕自身が世の常識から外れた、異常人格だということなんですよね。
もちろん、その認識はあります。
と同時に、僕と同程度に異常な人間が、僕の周囲に何人かいたことも、認識していました。もしそれらが、僕の勘違いだったならば、世の中と、僕自身の間に生ずる乖離を、僕はどう片付けたら良いのだろうか。

この一件、しばらく自分自身の中であたためることにします。
コメントいただいた皆様、感謝いたします。

色々な人間がいて、色々な考えを持っている。
その色々が集まって、今の社会が出来ている。
これが実感できたことは、大きな収穫でした。

こんばんは。私もこのニュースには心を痛めました。
虐待はあってはならない。
これは、そうですよね。
今回の報道はちょっと子どもに対する愛情があまりに感じられなさ過ぎたのですが、
虐待した親の全てが鬼ではないと思いますし、してしまって後悔し、それでも繰り返してしまう・・・という苦しみの中にいる人もいます。人は弱いですからね。
虐待する親を庇うつもりではありませんが、虐待は親から子へと連鎖しやすいと言われてるように愛されて育たないと愛し方がわからなかったり、余裕がなくなると周りが見えなくなったり・・・ということはあると思います。もちろん、必ずそうなるわけではないですが。

虐待をしない自信があるか、といえば私は無いですが、絶対にしたくないという意思は持っています。
なので、理性で抑えるしかないですね。極限まで追い詰められたら人は何をするかわからないですから。
もちろんそうなる前に相談するなりするのが一番なんですよね。

返信>everさん

この事件のように、「反応がおもしろかった」なんて言語道断なことを言うのは問題外として、「しつけ」の延長のつもりが、いつの間にか「虐待」になってしまうことが、実はあるのではないか。逮捕された親がよく口にする「しつけのつもりだった」は、半分事実なのではないか。
everさんの意思、尊重します。
コメントありがとうございました。
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