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デパスも断薬した(1)

遂に、デパスも断薬しちゃった。
付け加えるならば、もう断薬して、1ヶ月以上が経つ。
どうしてやめたのか。やめてどうなったのか。
記録として書いておこう、と思う。

※あくまでも、僕自身の記録である。マネはしないでほしい。




12月2日。最後にデパスを飲んだ日である。
ちょうど、『鬱一歩手前』という記事を書いた日、である。
精神的には「落ちている」部類に入る日である。
この翌日から、僕はデパスをやめている。

その1週間前に、デスマーチが大爆発した。
火の粉を払い、煙をよけながら、それでもプロジェクトの残務を続けた。
煙が引き、あたりが見えるようになって、なにもかもがなくなっていることを知った。
残務を実施している根拠も、あの大爆発で吹っ飛んでしまったことを知った。
「責任作業はすべて遂行しましたから、あとは知りませんよ」
ということを言うためだけの、残務だった。
残務で作ったプログラムは、正しく動くにも関わらず、決して業務で使用されることのないプログラムだった。
こんなとき書いたのが、『無駄』という記事。
自分で言うのもなんだが、書いていることが正直で、カワイイね。
正直ついでに、デスマーチ爆発当日の夜に書いたのが、『悔し虫』。
もう、なんだかずいぶん昔の話のように思える。

そのくだらない残務が終了する日が、12月3日。
その前の日は、『鬱一歩手前』の記事のような精神状態だった。

12月3日から、デパスを飲むのをやめた。

それまでは、夜寝る前に、睡眠剤として1錠、精神的にきつい打ち合わせが入っている日などの朝に1錠、という飲み方であった。
継続的に飲むことで、デスマーチを乗り越えてきた、とも言えるかもしれない。
でも、そのデスマーチが終わってしまい、次の週からストレスとは無縁の日々が始まることが決まっていた。
今の鬱な気分も、今までの「乗り越えるべき山だけを見て頑張る」というデスマーチ的考え方から、早く通常モードの考え方に切り替えないと、ずるずると鬱気分を引きずってしまう可能性があるだろう、ということが想像できた。
山を乗り越えなければいけないと思っているのに、その山がない、というのは、つらい。
鬱一歩手前』の最後の記述「大体、やりかたは分かっている。」は、つまり、この思考モードの切り替えのことを書いたつもりである。

そんなとき、ふと考えたのが、薬をやめる、ということ。
薬をやめることと、考え方を切り替えることを、うまくリンク付けできないだろうか。
やめるなら、今がチャンスかもしれない。

薬をやめることで、「もうデスマーチではないのだ」という意識付けもうまくいくのではないだろうか。
今までは、薬を飲むことで、デスマーチを乗り越えてきた。
でも、この先、薬をだらだらと続けていたら、デスマーチ的思考パターンから結局抜け出せず、燃え尽きみたいになってしまう恐れはないだろうか。
楽なときに薬なしでしのげるという実績を積んでおくことで、いざというときに、また薬にきちんと頼れるのではないだろうか。
これから先しばらくは、不安要素も少ない。
ということは、抗不安薬に頼る場面も少ないハズだ。
やめるなら、今がチャンスかもしれない。



というようなかんじで、えいやっ、とデパスをやめてみた。

(続く)
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テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

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