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靴音

冷たい北風の強く吹く午後。
大通りから少し中に入った、下町の雑然とした道。
地下鉄の駅から地上に出た僕は、斜めから差し込む太陽の光を正面に受けながら、事務所に向けて早足で歩いた。
空気は澄み、乾き切っていた。
コートのポケットに手を突っ込み、ハンカチを握った。
呼吸をするたびに、マスクの隙間から息が漏れ、眼鏡を曇らせた。

脇道から、少女が出てきた。
その後ろから、少年と、それぞれの母親も続いた。
4人は、僕の少し前を、僕の進むのと同じ方向に向けて、歩いた。

同じチェック柄のリュックサック。
防寒着の下に覗く制服。
幼稚園からの帰り道のよう。
少女は、先陣を切るように、他の3人の少し前を歩いていた。

僕は少し歩く速度を速めた。
車道に出て、彼女らを追い越し、再び歩道に戻った。
事務所までは、あと5分ほどの距離があった。
特に急ぐ用はなかったが、歩く速度を緩めることもなかった。

後ろから、小さな、細かい、靴音が聞こえた。
靴音は、すぐに近付き、僕の横を駆け抜け、僕の前に出た。
あの少女だった。
少女は立ち止まり、振り返った。
そして、僕の後ろのほう、母親たちのいるほうに手を振った。
僕は、邪魔にならないように、歩道の端から、少女を追い抜いた。

しばらく歩くと、また、小さな靴音が後ろから聞こえてきた。
こんどは、ふたつ。
ふた組の靴音が、僕を追い越した。
少女と少年は、先ほどと同じように、僕のすこし前で立ち止まり、手を振った。
狭い歩道。僕は彼らに「ごめんね」と声を掛けて、道を譲ってもらった。

また、靴音が聞こえた。
こんとは、ひと組の靴音。
同じように僕を追い越し、僕の前で止まった。
少女は、無言で僕に何かを差し出した。
僕のハンカチだった。
「あ、落としてた? ありがとうね」
少女は無言で、母親たちのほうに駆けていった。
僕は振り返り、母親たちに会釈した。

僕は、歩きながら、靴音を待っていた。
でも、それっきり、靴音は聞こえなかった。
少しだけ振り返ると、そこにはもう、誰もいなかった。

事務所は、もう、すぐそこだった。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

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