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鬱が鬱を責めるとき

鬱病の人は、他の鬱病の人と自分を比較し、真の鬱病は自分であると主張する傾向がある。

以下、ここまであからさまではないにせよ、主張の傾向としては、こんな感じである。
「オレのウツのほうがすごいぞ」
「おまえ、ウツじゃなくてソウウツじゃねえのか?」
「おまえのような考え方、ウツなんかじゃない」

例えるならば、北関東3県(イバラキ、トチギ、グンマ)の県民の争いのよう。
西日本から見れば、どこがどこでも変わらないし、構わない。
ただ、そこの構成員は、自分の所属する県に、こだわる。
傍目からは、五十歩百歩、目くそ鼻くそ、なのだけれど。

遠くから見たら、誰もが同じ「鬱病」のカテゴリーに入る人なのだけれど。

この、「自分こそ真の鬱病である」主張は、出来れば避けて通りたいハズの抑鬱状態についても、主張の対象となる。
今の抑鬱状態を人と比較して、「あ、自分はまだ軽いんだ」と思って安心するならともかく、「あ、自分のほうが重症だ」と思って優越感に浸ることが、ある。
あるいは、今、処方されている薬の量で、優位に立つこともある。
「自分のほうが少ない。安心だ」ではなく、「自分のほうが多い。すごいだろう」と聞こえることがある。

これって、「鬱ブロガー」、つまり、鬱でありながら、自己主張をしたくてたまらない人種に特有の事象なのかな、と思ったこともある。
でも、会社の鬱仲間(!)と飲んだとき、同じような主張が目の前で繰り広げられたのを見て、これってもしかして「鬱病」に特有の症状かもしれない、と思うようになった。

ちなみに、その飲みでは、「死にたい」と思う頻度を競っていた。
そんなもの、競うなよ。



自分の辛さを、分かって欲しいんだよな。
自分がどれだけ辛いか、そしてどれだけ頑張っているか、分かって欲しいんだ。
そして、「うん、分かる、分かる」と言って欲しい。
相手も同じ鬱病だったら、もしかしたら分かってくれるかもしれない。
たったそれだけの、小さな願いに過ぎない。

でも、相手は、自分と同じ鬱病。
やはり自分と同じように、辛い自分を分かって欲しいと思っている人なのだ。
その人が、自分より辛い状況だと、逆に相手の辛さを分かってあげなきゃいけなくなる。
だから、自分がいかに辛いかを、その人よりもどのくらい辛いかを、説明するんだ。

でも、そんなの、相手が同じ状況だったら、分かってもらえるハズがない。
相手だって、負けるわけにはいかないもんな。
だから、余計に頭にくる。
そんなときに、相手が理解できない主張なんか始めちゃったら、もう、責めるしか道がなくなっちゃう。
つい「こんな考え方をする奴は敵だ!」みたいになっちゃう。



鬱病って、優しい言葉をかけてもらうことを、過度に期待する傾向があるんじゃないかな。
そして、その期待が裏切られたときのショックに、人一倍過敏なんじゃないだろうか。
そんなとき、自分や他人に攻撃的になったり、逆に何もできなくなったりする。

だから、他の病気のように「同病相哀れむ」状態になりにくいのかもな。



僕自身、そういう人間だ。
「自分の話を聞いてもらいたかったら、まず相手の話を聞きましょう」
昔々教わった言葉が、身や心に沁みる。
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テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

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分かります。

はじめまして。
ねこも鬱なんですが、最近分かったこと、どうやら抑鬱と躁鬱の両方みたいです。
去年入院していたんですが、鬱で入院してきた女の子が毎日ばっちりメークをしてて、看護師さんに、あの子ホントに鬱なのって感じで言ったりしてました。
そして、常にねこの鬱が一番重症だって思ってました。
今もです。
そして普通の鬱よりもちょっと重症だねって言葉にとても優越感を感じます。
薬の量が増えると喜んで、良くなって減らされると、なんだか悲しくなります。
いつもいつも、ねこのことだけいっぱい心配しててほしいんです。
けど、最近、周囲の友達の悩みを聞く余裕が少し出てきて、ねこだけじゃない、って思うようになりました。
ねこ自身が今の辛い状況を分かってるからこそ、友達の辛さを理解することができる、そう思ってます。

こんばんは。
そういうの、ありますよね。
私自身もそうだと思います。

うつ病に限らないんじゃないかと思います。
私は子どもの頃、喘息がとてもひどくて
入退院を繰り返していましたが、
他の喘息の人の話を聞いて、
「私の方が重症だ」と優越感をもったりします。。。

変な話ですよね。

あはははっって笑ってはダメですが、ありますね~これ。
休職時にリワーク施設に通っている時によく思いました。
ある意味、鬱ってのはアイデンティティーに関わる問題になっているのか?と思わなくもないですが。

ことさら、人の目や評価に敏感な性質が備わっているのかも知れません。

返信

>ねこさん
はじめまして。
そう、自分だけ特別扱いしてほしいし、特別扱いしてもらえるような人でありたいんですよね。
人の悩みを聞ける余裕が出来たのは、良かったですね。
「相手も、自分と同じように、特別扱いしてほしい人」のハズですから。

>なにわのねこさん
あ、喘息でもそうなんですか。
わりと、子どもの頃なんか、そうかもしれませんね。
僕も、学校で倒れるの、好きでした(爆)。

>佐倉純さん
> ある意味、鬱ってのはアイデンティティーに関わる問題になっているのか?と思わなくもないですが。
そうだと思います。
僕は人目や評価に敏感で(というよりも過敏症で)、だからこそ今の自分があり、また鬱になったのだと思っています。
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