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鬱がひどいときに限って将来のことを考える

鬱でないときは、将来のことを大して考えない。
日常生活で考える先のことって、まあ、長くて1週間先までだ。
1年後2年後のことなんて、必要に迫られないと考えない。
20年後、30年後なんか、想像したところで、実感が伴わない。

ところが、鬱がひどくなると、日常的に、将来のことを考えてしまう。
1週間後、1ヵ月後、1年後、10年後の自分がどうなっているのか、考え、想像する。
もちろん、考えただけで終わり。対策を立てる元気も勇気も無い。
それゆえに、将来を悲観する。
10年後もこんな状態なのかなあ。
あああ嫌だなあ。
何か考えたところで、悲観的な結末しか想像できない。
そういう病気だから。

もちろん、鬱じゃないときは将来のことは何も考えない、というわけじゃない。
子どもの将来のことだとか、老後の備えのことだとか、一所懸命、真面目に考えたりすることもある。
保険のこととか、ローンのこととか、進学のこととか、ものすごく真面目に考えるわけだ。
そうなのだけれど、やっぱり究極的には、「なるようにしかならない」と思っている。
そのときになってみないと分からない。分からないから、念のための備えを考えておく。
それが、鬱じゃないときの考え方。

それよりも、どうなるか分からない将来のことを考える暇があったら、今を生き延びるために頭を使う。
今、どうやって腹を満たすか?
あと1時間で、部屋の片づけが終わるか?
風邪を治すために、どの薬を飲むべきか?
まず考えなきゃいけないことが、山ほどある。

鬱のときは、自分の置かれている状況、環境、持っている問題、そういったものに集中できなくなる。
自分のまわりの環境が、すごくぼやけたものに感じられる。
目の前にある問題から、とりあえず目を逸らそう、という自己防衛機能なのかも知れない。
あるいは、飲んでいる薬のせいでぼやけるのかもしれない。
「現実」というものを直視する気力・体力がなくなり、ぼおっと、ぼやけた感じになる。
典型的な鬱の初期症状。

現実から目を逸らすことで、鬱の引き金になりそうなストレッサーから身を守ることが出来るかもしれない。
そんなとき、考えられるのは、何故か、過去の思い出ではなく、将来のこと。
過去の思い出は、その積み重ねで今の自分が出来ているので、できれば考えたくないことになるんだろうな。

だから、鬱々と暮らしている鬱病の身としては、将来を考えるくらいしかやることがないのだ。
そして、普通のときには決してやらなかった、自分の将来の予測を始めてしまうのである。
その結果、将来に何の希望も見出せないことに気付き、悲しくなる。
鬱はどんどんひどくなる。

でも、そもそも。
将来にキラキラと明るい展望を見出せるような思考のできる人って、どのくらいいるのだろう。
そんな超ポジティブ人間、滅多にお目にかかれない。
「大して明るい展望はないけれど、まあ、そのときになったら何とかなるだろう。」
これが、一般的な人の考え方。
そんな、スーパースターでなければ出来ない思考にチャレンジし、わざわざ挫折するとは、恐るべき鬱病。
しかも、マイナス思考をその本領とする鬱病の人にとって、自分の将来を暗くすることなど、朝飯前である。
「暗いけど、まあいいか」そう思うことのできない、「病気」なんです。

では、どうすればいいのか。
他にすることがない以上、先のことを考えるな、と言われても、無理なのだ。
だとすれば、鬱でない状況のときに、何とか対策を打っておくしかない。

鬱でないときに、将来のことをきちんと考えてみる、というのはどうだろう。
鬱のときの思考は、病的な思考なのだから、信用するわけにはいかない。
病的思考を、行動の基準に据えるわけにはいかないのだ。
だったら、鬱でないときに、自分の将来について自分がどういう考え方を持っているのかを知っておくべきではないだろうか。
「普段の自分は、自分の将来について、こういう考えを持っている。」
「こういう考え方で、自分の将来のことを思っている。」
そういうものを、考え、メモで残しておく。

「メモで残す」ここ重要。
何も書かずに考えているだけだと、知らず知らずのうちにマイナス思考になり、正常な状態から鬱状態に落ち込んでしまうことがある。
僕も何度かやってしまった。
悲観的になりがちなことを考えるのだから、頭の中だけに留めるのは危険である。
考えながら、メモして、文字・言葉にすると、どんな悲観的なことでも、意外と鬱状態にはならない。

そうやって、わりと正常なときの考え方をまとめておくことで、いざ「鬱」になったときに、そのときの考え方と、今の考え方のギャップに気が付くことが出来るかもしれない。
そうすれば、何かの足しになるかもしれない。



こういう考え方が出来るようになったのも、鬱病のおかげ。
でも、鬱病に感謝しようとは思わない。
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テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

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はじめまして

調子いいときに将来についてのメモを残すのは
いいかもしれないですね
しっかりと自分を見つめなおせそうです

調子悪いときは今の方が間違ってると考える訳ですね
書いたの見て、あああああってなってしまわないかはちょっと不安ですが…

たいむりぃ♪

おはようございます♪

昨日朝、
たまたま
自分メモをみつけました。


…楽器を弾くということは
共鳴点をみいだすこと
ぼくは共鳴によって
音を鳴らし
音を鳴らすことで
共鳴音を聴いている
すべてにおいて
それは要求欲求であり
受動反動でもある…


とまぁ、10年以上も前の
このようなメモでした。

でも
「あぁ、ぜんぜんぶれてないんだなぁ」

と、われながら感心しました。

それと、
今日は、頭がこんがらがって
ものすごく被害妄想的になったけど
寝て、起きて、なにがどうなんだか
感情を交えて90分かけて文書化し、
感情部分を削除したら
あたりまえな前向きな文書になりました。

そうだ♪
「ストラグラーさんにもこのこと、きいてもらおう」
とおもってここにコメントしてみました♪

Ryoji Suzuki

返信

すみません、返信が遅くなりました。

>ダメ子さん
コメントありがとうございます。
実は、ダメ子さんの隠れファンです。

別に、読み直さなくてもいいと思います。
調子悪いときに読み直すと、ご指摘どおり、多分、あああああってなります。
正常なときにきちんと考えておく、ってことだけで、全然違うんじゃないかな、というのが僕の考え。
いかがでしょう。

>Ryoji Suzukiさん
しかと拝聴致しました。
でも、よく残ってましたね。昔のメモが。

かくいう僕も、昔のノートを残していたりします。
読み返すことはありませんが、でも捨てられません。
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