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自縄自縛 (1)出会い

また、あの男女が電車に乗ってきた。

隣の人と軽く接触する程度に、電車は混んでいる。
でも、その二人のまわりには、50センチ程度の空間が出来ていた。
同じ路線の同じ時間の通勤電車。
もう何度目だろう。
彼らが何を始めるのか、もう誰もが知っていた。
知らない人も、近くに陣取ってみるものの、妙な気配を察し、少し離れた位置に移動した。

僕はそれまで読んでいた本に集中出来なくなった。
本を盾にし、時々、彼らのほうに視線を向けた。
男のほうの顔が、こちら側を向くような位置関係だった。
表情のない男だな、と思った。
女の手が男の腰に回っても、男の表情は変わらなかった。
なんだろう。やる気ないのかな。

そして、僕は想像した。
(初の創作小説でございます)





(1)出会い

ひと月前の金曜日。午後11時。
かなり暑い日だった。今夜も熱帯夜なんだろうな。
仕事を終え、軽く酔っ払った状態で自分のアパートに戻ると、ちょうど俺の部屋の玄関の前に、つまらなそうに地面を蹴る女がいた。
通りに面した、ふつうのアパートの1階。誰かが立っていても別に不思議じゃない。
でも、俺の部屋の前だ。誰だろう。
保険か何かの営業かな。それにしては時間が遅すぎる。
たまたま俺の部屋の前で時間を潰しているだけなのだろうな。
隣の部屋の主の彼女かもしれないな。
俺はその女と目を合わせないようにしながら、前を通り過ぎ、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「やっと会えた」
え!?
彼女は俺を見て微笑んだ。
適当に相槌を打ちながら、顔を見た。視線を少し落とした。
そんなに不美人ではない。スタイルも悪くない。
でも、残念ながら、その顔は記憶にない。

ええと、こんなときはどうすればいいんだっけ?
汗が噴き出してきた。暑い。
早くエアコンにあたりたい。シャワー浴びたい。その一心で駅から早歩きでここまで来たのだ。
俺はあなたを知りません、という顔をして無視してしまうのが正解だ。
でも、ほんのちょっとだけ、好奇心が芽生えた。
すこし、からかってみようかな。
軽く酔っていたせいもあるかもしれない。

部屋に誘ってみよう。
どこの誰なのか分からないが、俺に用事があるのは間違いがなさそうだし、外は暑くて話にならないし、明日は仕事休みだし。どうせ他にやることもないし。
ものは試しだ。気づかれないように、気合を入れた。女の子を誘うのには勢いが必要だ。
断られたら、「じゃあ」と言って自分だけ部屋に入ればいい。
「汚いけど、とりあえずお茶でも飲みますか?」
彼女はあっさりと了承した。
電気をつけ、エアコンのスイッチを入れ、目についたゴミだけ片付け、彼女を招き入れた。
コップをふたつ出し、さっきコンビニで買ってきたばかりのペットボトルのお茶を注いだ。

冷たいお茶をゆっくり飲むふりをしながら、自分の記憶を探る。
合コンで一緒になったことは、たぶん、ない。
学生時代の同級生や先輩、後輩でも、ない。
彼女の顔は、探しても、探しても、見つからなかった。
やっぱり、単刀直入に「あなたは誰ですか?」と訊くべきなんだろうな。
でも、にこにこしている彼女を見ると、なぜかそれが訊けない。

さっきは、びっくりするくらいあっさりと部屋に入ってきた。
だめもとでもう一歩踏み込んでみてもいいかもしれない。
「このあと、どうするつもりですか?」
「うーん、どうしようかな」
少し、不安がよぎった。
いま流行の家出か?
身なりを見るが、そんなに不潔な印象はない。
白いブラウスに、薄い花柄のスカート。
少し大きめの黒いハンドバッグは、中身が詰まっているように見える。
そのままどこかの会社に出勤しても問題なさそうな身なりだ。
「見事に財布だけ落としちゃったのよ」
「え!?」
「交番には届けたんだけどね。カードもいくつか入ってたから、電話帳借りて電話して。全部止めたから大丈夫」
少し、話に付き合ってみるか。どうせ、暇だし。
「それで家に帰れない、というわけなんですね」
「カードキーも財布の中なの」
彼女は笑った。
「ミツやんのアパートが近くで良かった」
「え!?」
彼女は、俺の高校時代のニックネームを知っていた。

あらためて、記憶を探る。
3年のときのクラスメート?
2年のとき?
1年のとき?
10年も経つと、記憶もかなり曖昧になってきている。
バトミントン部関係?
それとも、塾?

当時のメンバーの顔を思い出し、そこに目の前にいる彼女の顔を並べてみる。
いたようないなかったような感じ。しっくりこない。
「まだ分からない?」
「ごめん」
「まあ、仕方ないか」
もう、酔いがほとんど覚めてきていた。
エアコンはかなり効いてきており、もう熱くはないハズだったが、汗は止まらなかった。
立ち上がり、冷蔵庫に向かった。
冷蔵庫を開ける。缶酎ハイがひとつ、入っていた。
飲めば思い出せるかもしれない。根拠もなく、そんなことを思った。
手に取ると、彼女が目ざとくそれを見つけた。
「あ、わたしも飲んでいい?」
「これをですか?」抵抗を試みる。あなたを思い出すためにはこれが必要なんです。
「駄目?」
「駄目とは言いませんが……」
彼女には財布がない。
断って気まずくなっても、追い出す先がない。
「一緒に買いに行きませんか?」
彼女は同意してくれた。

ふたりで部屋を出て、鍵をかけた。
傍目には、どう見ても彼氏彼女の関係なんだろうな。
部屋でいちゃいちゃした後、ふたりで仲良く散歩、としか見えないだろうな。
ここからコンビニまでの数百メートル、腕を組んだり手をつないだりしないほうが、奇妙に見えるんだろうな。
でも、現実的にそういう関係ではないことは、よく分かっている。
手をつながずに、もちろん腕なんか組まずに、歩き始めた。
彼女の喋りを一方的に聞きながら、俺はその話の中からヒントを探った。

不思議なことに気が付いた。
彼女の喋りに、訛りがない。
高校時代によく喋った相手だったなら、喋っているうちに自然と訛りが出てくると思うのだけれど。
都会に出てきて忘れちゃったのか。
いや、それはない。
たまに高校時代の友人と電話をするとき、勝手に語尾が訛ってしまい、普段使っていない方言がぽんぽん飛び出してくる。
彼女には、それがない。
もしかしたら、彼女も俺のことをあまり良く知らないんじゃないだろうか。

コンビニで酎ハイやビールを買い込み、部屋に戻った。
彼女はまるで俺の彼女のように、自然に俺の部屋に入っていった。
いいように取り込まれているのは俺のほうではないだろうか。
でも、悪い気はしなかった。

俺はビール、彼女は酎ハイ。
飲んだら思い出せるかも、という根拠ゼロの期待は、当然のように打ち砕かれた。
酔いだけがどんどんまわっていく。
「ねえ、思い出せた?」
「駄目。全然」
「勝負しよっか?」
「え? 何?」
「思い出せたらこの部屋から出て行ってあげる」
意味がよく分からない。
「ふーん、いいよ。それで、思い出せなかったら?」
「あなたに憑り付いてあげる」
「うへぇっ」
大げさに驚いておいた。
笑いながら、彼女の顔を観察した。
前の彼女に一方的に嫌われて2年。居つかれたところで、特に問題はない。
いいじゃん。よく見ると、結構かわいいじゃん。
しかも、絶対、俺に気があるし。
「ほら、飲めよ」
彼女に酎ハイを渡した。
俺も、新しいビールを開けた。
憑り付くって、ずっとここにいるという意味だろうか。
だったら、このまま思い出さないのもいいかもな。
「ねえ、まだ思い出せないのよね?」
「うん、残念ながら」
「じゃあ、どうして部屋に入れてくれたの?」
正直に言わない理性は残っていた。
「そっちは俺のこと知ってたみたいだし、暑いし、金がないって言ってたし」
「財布落としたことを言ったのは、部屋に入った後よ」
「そうだっけ?よく覚えてるね」
「無視されたらどうしようって、それだけが不安だったの」
「残念ながら、まだ思い出せないけどね」
彼女はけたけたと笑った。

そんな会話がだらだらと続いた。
いつまで続いたのか、よく覚えていない。
俺の下心は、その日、実行に移されることはなかった。
気が付いたら、土曜日の朝だった。

続く
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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

なんなの?どうなるの?彼女は誰?って、一気に読みました。
続きが気になります★(*^^)v

返信>雨乃様

僕も続きが気になります。
なにしろ、ノープラン、ノーアイデアで書いていますので。
今になって、ああ、どうしよう、という気分です。

と言いつつ、続きを書いてみちゃいました。
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システムエンジニア11年戦士。
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