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自縄自縛 (3)深更

創作小説、第3回でございます。
なんだか調子づいてきました。
第1回から読みたい方は、こちらからお願いします。

という感じで、せっかく調子が良くなり始めたところですが、明日からお盆休みで、田舎に帰ります。
1週間ほど、更新が途絶える予定です。

では、第3回。始まり始まり~。






(3)深更

「どうした? こんな時間に」
彼女の服装、鞄は、今朝この部屋を出て行った時のものと、まるで変わっていないように見えた。
「もしかして、帰ってないとか?」
彼女は黙っていた。
「まあいいや、とりあえず、あがれよ」
「あのね、一応、ズボン、履いたら?」
あ、そういえば、下はトランクスだけだった。昼間履いていたズボンを慌てて履き、改めて彼女を呼ぶ。
クスクス笑いながら、彼女は部屋に入り、昨日と同じ場所に座った。

自分の家に入れなかったのよ、と彼女は言った。
「鍵はないし、不動産屋とは面識ないし、おまけに身分証明書も何もない。保証人は電話に出ないし。誰も、私を私だと確認できないの」
そりゃ災難だね、と相槌を打つ。
ちなみに、俺も、きみが誰なのか、分からないのだけれど。
「借金の返済は、もう少し待っててくれる?」
「もちろん」
「あと、すごく言いにくいんだけど……」
「追加の借金と、風呂かな?」
「あたり。恩に着ます」
「飯は?」
「さっき、メロンパン1個食べたから大丈夫。それより、何か飲むものある?」
「水、お茶、ビール、酎ハイ、あと野菜ジュースもございます」
「ビールで」
「承りました」
ビールを冷蔵庫から取り出し、彼女に渡した。
「あのー、すみません」彼女が言った。
「先にシャワーを浴びてもいいでしょうか?」
「あ、もちろん、どうぞどうぞ」
声が上ずったかもしれない。
「それと、」
「はい?」やっぱり声が裏返った。
「Tシャツと短パンを貸してほしいのですが……」
「はい、取ってきます」
「パンツはいりません。買ってあります」
俺は急いで箪笥の中を探し、一式を彼女に渡した。
彼女はそれを受け取り、確認した。

タオルを渡し、シャワーの使い方を簡単に説明すると、彼女は着替えと鞄を全部持って、浴室に入った。
浴室のほうを、ちらと伺う。
シャワーが音を立て始めた。
俺の心臓が鼓動を早める。多分、ビールのせいだ。
新聞を取り出す。政局混乱の記事。円高の記事。
新聞を閉じ、元に戻す。
立ち上がり、冷蔵庫に向かう。
酎ハイを取り出し、飲む。鼓動が少しだけ落ち着く。
シャワーの音が消えた。意識がこちら側に戻る。
Tシャツに短パンか。
じろじろ見ないように気をつけないと。
俺は、彼女が出てくるのを、何も待っていないようなふりをしながら、待った。

浴室の扉が開いた。
「ドライヤー、借りまーす」彼女が叫んだ。
「はいどうぞーっ」俺も負けない。
「ビール用意しておいてくださーい」
「はい了解ーっ」

戻ってきた彼女と、缶ビールで乾杯した。
ぷはあ、と言ったのは、彼女だった。
「いやあ、長い一日だった」
Tシャツの首元をつかみ、ぱたぱたさせている。まるで親父だ。
「お疲れ様でした」
「ところで、解ったの?」
「え?何が?」
「私のこと」
俺は下唇を突出し、全然、という顔をした。
「そうか、じゃ、今日も泊まるね」
ええと、思い出せない場合は憑り付かれるんだっけ。
「どうぞどうぞ、我が家だと思ってください」やけくそだ、という感じで言った。
「やったー」
冷蔵庫に向かい、ビールを2缶、取り出す。
「よく飲むね」
「飲まないとやってられないからね」
「あ、もしかして、邪魔だった?」
「あまりにも堂々としていて、邪魔だとも思いませんでした」
「あは、じゃあ、帰ろうかな」
「あれ? 帰れないんじゃなかったっけ?」
彼女の口が尖る。
俺は、冗談だよ、というふうに、笑う。
鞄から財布を取り出し、そこから一万円札を抜き出し、彼女に渡す。
「これだけあれば、とりあえず何とかなるでしょ」
「ありがとう。助かるかも」
「さすがにこれは、返せよ」
もちろんもちろん、と彼女は首を縦に、大げさに振った。
「いつまでに返せばいい?」
「家に帰れて、銀行から金が引き出せてからでいいよ」
「わかった」
「あ、でも、なるべく早くね」
「うん、ありがとう」
「平日でも休日でも。バレて困る彼女がいるわけでもないから」
「それは残念」
ふふふ、と彼女は笑った。
「それで、俺の住んでいる場所、どうして分かったの?」
「前から知ってたの」
「え? ふーん、そうなんだ」
「冗談。ほんとは、ダウジングで調べたの」
飲んでいたビールが、少し鼻に入った。
「俺は水脈か」
「おかげさまで、こうしてビールが飲めるんだし」
「参りました。一本」
ビールを彼女に渡してやる。
くだらない会話が、心地良かった。
「明日はどうするんだ?」
「何としても帰る」
「分かった」

彼女にタオルケットを二枚渡し、俺は部屋の隅で横になった。
電気を消すと、彼女の呼吸が聞こえた。
なかなか寝付けなかった。
暗闇に目が慣れ、彼女の姿が浮かび上がってきた。

手を伸ばせば届くところに、彼女はいた。
でも、触れた瞬間に、彼女はどこかに消えてしまうのでは、と思った。
俺は、彼女の住む場所も知らないし、彼女が何をしているのかも知らない。
そして、まだ、彼女の名前すら知らない。
俺は寝返りを打ち、彼女に背を向け、目を閉じた。
酔いがどんどん覚めていくような気がした。

「思い出せなくても、いいよ」突然、彼女が喋った。
「え? どうして?」
彼女は答えなかった。
もしかしたら寝言かな、と思い、俺は寝返りを打って、彼女を見た。
彼女は、じっと俺を見ていた。
「でも、名前も知らないし」
「言ったら思い出す?」
「思い出せるかもしれない」
「思い出せなかったら悲しいね」
「思い出すよ」
「そしたら、約束通り、私は出て行かなきゃいけない」
彼女は手を伸ばした。
俺も、手を伸ばす。



朝起きると、もう、彼女はいなかった。
貸してあったTシャツと短パンは綺麗に畳まれ、テーブルの下に置かれていた。
タオルケットも畳まれ、その脇に置かれていた。
空き缶は、昨日と同じように、綺麗に片付けられていた。
冷蔵庫を開け、野菜ジュースを飲んだ。
あれだけ飲んだのに、酔いは完全に覚めていた。
昨日の夜のこと。あれは夢だったのだろうか。
もしかしたら、あの絵も、夢だったんじゃないだろうか。

パソコンに向かい、スイッチを入れた。
ブラウザを立ち上げ、ブックマークを確認した。
確かにブックマークされている。
アクセスすると、あっという間に俺の絵に繋がった。

それは、ブログサイトのようだった。いったい誰が書いたブログだろう。
俺の絵が貼ってあるブログ。興味が湧かないわけがない。
記事の日付を見る。ちょうど一週間前の日曜日の記事だった。
その記事に、俺の絵が貼られていた。
十年前に書いた絵が、一週間前の記事に貼られている。

記事のタイトルは、「しばらく休止します」
本文には、ただ「私の好きな絵です」とだけ書かれていた。

しばらくこのページを眺める。でも、ほかにこれといった情報は得られなかった。
過去の記事も、ざっと流し読んでみた。
日記帳のような記事。おそらく女性が書いた記事。
食事のこと、仕事の悩み、体調のこと、友人のことなどが、当たり障りのない文体で書かれている。
だいたい一週間に三回程度のペースで、不定期に書かれているようだ。
俺との接点があるかどうか、これだけではわからない。
少なくとも、俺の名前は出ていないようだ。

このブログのどこにも高校の名前が出てこないのが、不思議だった。
確か高校名と何かで検索して、ここに辿り着いたと思うのだけれど。
もういちど、元のページに戻った。
このブログは、それまでの記事と何の脈絡もなく、唐突に俺の絵が出てきて、休止状態になることが宣言されていた。
絵をクリックし、画像を拡大した。
星も出ていない暗闇の中、草原のなかでうずくまる少女の絵。
俺はその画像をダウンロードし、ローカルディスクに保存した。

ファイルの情報を見る。
この画像を撮ったカメラの機種と、撮影日、絞りやシャッタースピードなどの情報が、出てくる。
撮影日は、一週間前の日曜日。
ブログの記事の投稿日と同じ日。

この記事を書いた人は、俺の描いた絵の原画を持っている。間違いない。
めまいがした。

(続く)
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